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虚に興じれどそこに実なし。遂に憐れむに至れど未だ現を知らんや。


君を想う葛藤を演じれど、君が不在では、それはただの戯れに過ぎない。

僕が想う君は既に理想を形作る過程で崩壊に期し、ただただ哀しい現状の上に作り出された不完全かつ不安定な虚像もしくは鏡像と化した。

鏡に映る君の姿を覗きこんであれやこれやと立ち回る僕は滑稽と形容するに大いに恥じること無き様相を成しそこに安心や平和を求めるのだけれど、その目に虚空が広がっていることに気付けないのは、きっと君が後ろから目隠しをしているからだろう。


- - - - -

後ろの正面。

なぁ、君はいったい誰だ。

なぁ、僕はいったい誰だ。


- - - - -

僕は誰だ。

こんな子供じみた問いに、僕はいつまでも答えをだせずにいるのです。

いや、おそらくいつまでたっても答えは出ないのでしょう。

詰まるところ、僕の中で問いが明確になっていないのが問題なのです。

つまりは、「誰だ」とはどのレベルの事か、ということ。

いくら鏡に映る自分を見て「君は誰だ」と呟いてみても、そこには。


- - - - -

虚は有りや無しや。
虚は虚也。
有無、是非を答弁するべ可き物に非ず。
即ち、我、未だ虚に非ず。

虚は、死か神也。

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